暗黙知をAIに渡す方法|「書け」と言われると書けない判断基準を、AIにインタビューさせる5ステップ

暗黙知は、自分で書き出してAIに渡すものではありません。AIに質問させて、聞き出させるのが最短です。手が止まる原因は言語化の能力ではなく、「書いてから渡す」という順番そのものにあります。

暗黙知とは、なぜAIに渡らないのか 暗黙知とは、本人は問題なく実行できるのに、言葉で説明しにくい知識のことです。本記事で扱うのは、そのうち質問されれば言葉にできる「判断の基準」です。これがAIに渡らないのは、録音や書き起こしに残るのが「会話として発生した情報」だけで、「この案件は受けない」「この文面はうちっぽくない」といった判断の基準が本人の頭の中にしか残らないからです。暗黙知を渡す作業は、書き出す作業ではなく、判断基準を質問で引き出す作業になります。

この記事は、仕事の判断をほぼ自分ひとりで下している一人社長・個人事業主・士業に向けて書いています。大きな組織の技能継承の話ではなく、自分の代わりをAIに務めさせたいのに、何を渡せばいいのか特定できないという状態を扱います。

「音声で全部残している」のに、AIの出力が自分っぽくならない

まず診断からです。録音や書き起こしで捕まえられるのは、会話として発生した情報だけです。打ち合わせで説明したこと、質問されて答えたこと、口に出して確認したこと——ここまでは記録に残ります。

ところが、業務の核心はそこにありません。「この案件は受けない」「この文面はうちっぽくない」という判断は、たいてい一人で数秒のうちに下されていて、誰にも説明されていません。説明する相手がいなければ会話は発生せず、会話が発生しなければ録音にも映りません。判断基準は、記録の網から構造的にこぼれ落ちます

だから「音声で全部残しています」という人でも、AIの成果物が自分っぽくならないことがあります。足りないのは情報量ではありません。足りないのは判断の基準です。渡す情報を増やすほど改善するはずだと考えて資料を足し続けても、この一点が空のままなら出力は変わりません。

暗黙知が渡せていないときに出る2つの症状

自分に当てはまるかどうかは、次の2つで判定できます。

  1. ナレッジを入れましょう、と言われた瞬間に手が止まる。何を書けばいいか分からず、白紙のファイルを前に「自分の仕事って何だろう」と考え込んでしまう状態です
  2. ナレッジは入れたのに、出てくる成果物が自分っぽくならない。間違ってはいないけれど、自分なら絶対にそうは書かない——という仕上がりが返ってくる状態です

どちらも、頭の中には基準が確実にあるのに、外に出ていないだけの状態です。実行できている以上、基準は存在します。それが渡せていないだけでAIの成果物が平均点で止まっているのは、もったいないというのが本記事の立場です。

処方: 暗黙知は「書いて渡す」のではなく、AIに「聞き出させる」

ここからが処方です。原則は1つだけです。書けと言われると書けないが、聞かれれば答えられる——これはほとんどの人に当てはまります。

「あなたの業務の判断基準を書き出してください」と言われると手が止まる人でも、「この案件、なぜ断ったんですか」と聞かれれば、理由がその場で口をついて出てきます。だから判断基準だけは、本人に書かせず、AI側に質問させて、AIにドラフトさせるのが正解になります。

やり方は難しくありません。AIエージェントやチャットAIに完成物を渡したうえで、こう頼むだけです(完成物の選び方は次の節で説明します)。

添付した直近の完成物3件をもとに、私の業務の判断基準を聞き出してください。私に書かせず、一問一答で質問してください。私が答えたら、答えの中で曖昧なところを深掘りしてから次の質問に進んでください。

みやっち🧑‍💻が設計した、判断基準を聞き出す役のAIの指示資料にも、判断基準だけは本人に書かせず、AIが聞き出してドラフトする、という設計を書き込んであります。中身はここには載せませんが、設計の考え方はこの一文に尽きます。

この方法は音声入力と相性がよく、言い切れていない状態のまま喋って渡せます。文章として整える前の、途中で言い直しながらの回答でかまいません。入力の手段そのものはAIの音声入力おすすめは2択にまとめています。

暗黙知をAIに聞き出させる5つの質問——聞かせる順番

質問の順番には意味があります。判断基準は、実物を見てからでないと正確に決められません。だから完成物という一番硬い事実から入って、そこから基準へ遡る順に組みます。

ステップ1: 直近の完成物を3件渡す

「私の仕事について質問してください」から始めてはいけません。抽象的すぎて、返ってくるのも一般的な質問になります。

先に、直近で自分が仕上げた完成物を3件渡します。作った提案資料、送ったメール、仕上げた申請書、書いた見積書——形式は問いませんが、実物であることが条件です。顧客名・金額など、相手を特定できる部分は伏せてから渡してください(どこまで入れてよいかはAIに個人情報はどこまで入力していい?で整理しています)。3件あると、AIが共通点と違いの両方を拾えます。

ステップ2: 作った順に工程を口頭で言わせる

次に、AIに「この資料は、どこから手を付けましたか」と聞かせます。ポイントは、工程を自分で書かないことです。聞かれたことに口頭で答えるだけにします。

「まず前回の案件のファイルを開いて」「相手の業種を調べて」——この粒度で十分です。整理はAI側の仕事なので、思い出した順に喋って問題ありません。

ステップ3: 分岐を聞く

工程が一本の線として出てきたら、そこに枝を生やします。AIに聞かせるのは「このケースだったら、どこを変えますか」です。

相手が初回か継続か、金額が大きいか小さいか、急ぎか否か。ここで出てくる「〜のときは変える」が、判断基準の最初の一群になります。

ステップ4: 例外を聞く

続けて「うまくいかなかったのは、どんなときですか」を聞かせます。失敗の記憶は、成功の記憶よりはるかに具体的に残っています。

「この書き方をして先方に伝わらなかった」「この確認を飛ばして差し戻しになった」——過去に一度ヒヤリとした経験は、そのまま「今後こうする」という基準に変換できます。ここは時間をかけて聞かせてください。

ステップ5: 「これはやらない」の判断を聞く

最後に、やらないことを聞かせます。受けない仕事、使わない言い回し、自分が確認せずには絶対に外へ出さないものの3つです。

あわせて「この文面は自分らしくない」と感じた実例も聞かせると、言葉にしにくい「うちっぽさ」が基準の形で出てきます。ここを渡さないまま任せると、AIは「やってはいけないこと」を平然とやってしまうことがあります。

引き出したものは「手順」と「判断基準」に分けて置く

インタビューが終わったら、最後にAIへもう一言頼みます。「いま出てきたものを、誰がやっても同じになる手順と、私にしかない判断基準に分けて書き出して」。

分ける理由ははっきりしています。混ぜて1つのファイルにすると、後から直す場所が分からなくなるからです。成果物がずれたとき、原因が工程の抜けなのか基準の不足なのかを切り分けられず、ファイル全体を読み直す羽目になります。

置き場所は、次のように分けておくのがおすすめです。

引き出したもの置き場所直したくなるタイミング
手順(誰がやっても同じになる部分)スキル(SKILL.md)などの手順書工程が増えた・順番が変わったとき
判断基準(あなたにしかない部分)ナレッジのファイル成果物を自分で直したとき

この2つの役割の違いはスキルは「手順」であって「知識」ではないに詳しく書きました。手順書そのものを作らせる側の話はマニュアル作成はAIで「書く」から「作らせる」へにあります。本記事が担当しているのは、その手前の判断基準をどうやって外に出すかという工程です。

書き出したファイルをどこに置き、どのタイミングでAIに読ませるかという設計はコンテキストエンジニアリングとはが原則編です。置き場所そのものをまだ作っていない方は、AIカンパニーを1フォルダから始める手順をAIカンパニーの作り方にまとめてあります。

一度のインタビューで全部は出ない——出ないことを前提に組む

最後に、期待値の話をします。AIに聞かせれば暗黙知がすべて形式知になる、ということはありません。1回のインタビューで出てくるのは、思い出せた範囲の基準だけです。

残りは、使いながら足していくことになります。AIの成果物を見て「そうじゃない」と思った瞬間が、まだ渡せていない基準が顔を出したタイミングです。そこで直した理由を「〜の場合は、〜する」の形で一言ナレッジに足す。これを繰り返すと、渡せていない部分が減っていきます。

つまりこのインタビューは、完成させるための作業ではなく、足していける土台を作るための作業です。最初から完璧な基準書を目指すと手が止まるので、5つの質問に答えて出てきた分だけで始めてください。言い切れない基準は【仮】と付けて置いておき、使いながら確かめれば十分です。

AI Crewでは、自分の業務をスキルにする作業や、判断基準を置くナレッジの整備を、画面を一緒に触りながら扱っています。頭の中にあるものを渡し切れていない感覚がある方は、まず無料セミナーでお会いしましょう。

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